前回【スポーツ現場での頭頚部外傷対応】について書きましたが、どちらかと言えば「頚部外傷」が主な内容でした。
今回はスポーツ頭部外傷について、代表とも言える「脳震盪」に特にスポットを当てて書きたいと思います。
① まず疑う
前回のコラムでも書いたように頭頚部は決して強い構造をしているとは言えません。
頭部は衝撃を受けやすい構造になっており、たとえ直接頭をぶつけなくても、頭部が振られて脳が揺さぶられることで損傷を受けることもあります。
そのため損傷したことがわかりにくいケースもあり、本人も気づかずにプレーを続け、試合後の異変から「脳震盪」が発覚することさえあります。
いずれにせよ、頭部外傷は分かりやすく頭を打った時だけに発生するとは限らないことを念頭に置いて、少しでも怪しければ疑ってかかることが大切です。
日本ラグビーフットボール協会の脳震盪の定義をご紹介します。
「グラウンド上で明らかに頭部打撲が認められ、受傷時に応答(意識の状態)、あるいは身体活動に何らかの異常が認められたものは、すべて競技規則にいう脳震盪に該当する」
「疑わしければ罰せよ」ではありませんが、少しでも疑しければ「脳震盪」として扱うべきでしょう。
② スポーツで起こる頭部外傷
スポーツで主に起こる頭部外傷を知っておきましょう。
・皮下血腫:いわゆる“たんこぶ”⇒ 冷却安静
・切創:頭部は血流豊富で出血が多い ⇒ 止血&縫合
・頭蓋骨骨折:変形など ⇒ 場合によって手術 脳損傷合併に注意
・脳震盪(※)
・急性硬膜下血腫:脳振盪と同様の機序で発生する。
血腫が大きくなると共に頭痛増強⇒意識障害となる。
・急性硬膜外血腫:頭蓋骨骨折と共に起こりやすい。硬膜外に血腫が出来て脳を圧迫。
症状は頭痛・嘔吐・意識障害など。
・軸索損傷:神経細胞の軸索が切れた状態。高度の意識障害。
明確な所見は診られにくいが、予後不良となりやすい。
・脳挫傷:脳実質を損傷。症状は激しい頭痛・めまい・嘔吐など。
予後不良となりやすい。
注意すべきは、頭部外傷は「頭に直接外力が加わった」時だけに発生するのではないことです。
その代表とも言える「脳震盪」について、詳しく見ていきましょう。
③ 脳振盪とは
脳震盪は、プレー中の動作で「頭部の動きが急に止まる」「方向が変わる」などした際に、脳が激しく揺さぶられて発症する「脳の停電」のようなものです。
頭頚部への直接的な衝撃だけではなく、身体のどの部分への外力でも脳が揺さぶられさえすれば脳震盪は起こります。
典型的な場合、受傷直後には神経機能が侵害されますが、短時間のうちに回復しますので脳の器質的な損傷ではなくて、機能的損傷だと考えられています。(画像所見も異常無し)
ただし、「パンチドランカー」など、脳震盪を繰り返すことで重症化するケースもみられるため、実は何らかの蓄積による悪影響があるのではないかとも考えられています。
④ 脳振盪の症状・徴候
脳震盪受傷時では衝撃が脳全体に行きわたるため、多彩な症状・徴候が現れます。
【脳震盪で起こり得る症状・徴候】
- 症状:頭痛、めまい、耳鳴り、霧の中にいるような感じ、複視、嘔吐
- 身体的徴候:意識障害、外傷性てんかん、動きがおかしい・遅い、うつろな表情、
起き上がれない、頭を抱える、光や音への過敏反応
- 行動変化:感情的、不安感、いらだち、緊張
- 認知障害:反応時間の鈍化、混乱、注意力や集中力の低下、健忘、見当識障害、
※「健忘」は特徴的な症状で近い記憶のみが障害
- 睡眠障害:眠気
脳震盪が疑われた際、下記症状があればただちに救急搬送すべきです。
【救急搬送すべき症状】
・「持続する、あるいは急激に悪化する意識障害」
・「手足の麻痺」
・「言語障害」
・「けいれん(ひきつけ)」
・「何度も繰り返す嘔吐」
・「瞳孔不同(瞳の大きさが左右で違う)」
・「呼吸障害」
また、次の症状があれば『急性硬膜下血腫』などを併発しているかもしれませんので、病院を受診して専門医による検査をすべきです。(緊急搬送でなくても)
【軽傷に思えても病院受診すべき症状】
・「1分以上続く意識消失」
・「受傷以前の記憶が無い」
・「一時間以上続く記憶障害」
・「広がるような、これまで未経験の頭痛が数日にわたって続く」
・「強い、もしくは長引く めまい・ふらつき」
・「目が霞む、二重に見える、聞こえにくい、耳鳴り、においがしない等症状が長引く」
・「麻痺(手足に力が入りにくい)、しびれ が続く」
・「行動がいつもと違う(いらいらしがち、興奮しやすい、混乱している)が続く」
※急性硬膜下血腫では頭痛が唯一の症状のことがある
また、外傷後1~3か月かけてゆっくりと頭蓋内に血腫が形成されて少しずつ発症する「慢性硬膜下血腫」や脳振盪を短期間内で何度も繰り返すことで重度障害が発症する「セカンドインパクト症候群」や「慢性外傷性脳損傷」の存在も踏まえておかなければいけません。
受傷後時間が経っても、少しでも異変があれば躊躇わずに専門医を受診しましょう。
⑤ スポーツ現場での対応
頭頚部外傷が起こった際の対応については前コラム【スポーツ現場での頭頚部外傷対応】で書きました。流れを簡単におさらいしましょう。
【頭頚部外傷救急対応の流れ】
発見 ⇒ 負傷者の顔がある方向から近づく ⇒ 頭部固定 ⇒ 評価(状態確認) ⇒ 処置 (場合によって救急搬送)
前回も書いたように、この流れの中での「評価」や「処置」はあくまでも臨機応変に、そして一体として進めていきます。
この時にわかりやすく脳震盪の症状が出ていれば「即退場」となるのですが、中には微妙な、判断のつきにくいこともあります。
上記のような症状がわかりやすくみられないけど疑いが晴れない場合は、質問して意識障害や健忘を確認したり、平衡維持能力を確かめる「つぎ足テスト」をすることもあります。
【つぎ足(バランス)テスト】
①利き足を前におき、そのかかとに反対の足のつま先をつけて立つ
②体重は両方の足に均等にかける
③両手は腰にあて
④目を閉じる
⑤20秒間そのままキープ
「目を開ける」「手が腰から離れる」「よろける」などのエラーが20秒間に6回以上ある場合や、開始の姿勢を5秒以上保持できない場合には脳振盪を疑います。
⑥ SCAT3
『SCAT3』を紹介しておきます。
『SCAT3』とは、医療従事者がスポーツによる脳震盪を評価するツールです。
①「GCS」や②「マドックス・スコア」などはフィールド上で速やかに行いますが、他項目は相応の時間(約10分)をかけて医務室などでチェックするものです。
①GCS(グラスゴー・コーマ・スケール):意識状態チェック
【GCS(Glasgow Coma Scale)】※SCAT3では前回紹介のJCSは使用しません。
■E 開眼(Eye Opening)
・4点 自発的に開眼
・3点 音声により開眼
・2点 痛みや刺激により開眼
・1点 開眼せず
■V 言葉の応答(Best Verbal Response)
・5点 見当識あり(現在の年月や時刻、自分がどこにいるかなど基本的な状況を把握している)
・4点 会話混乱(会話は成立するが見当識が混乱)
・3点 言語混乱(発語はみられるが会話は成立しない)
・2点 理解不明の声を出す
・1点 発語せず
■M 運動機能(Best Motor Response)
・6点 命令に従う
・5点 痛みや刺激を感じる部分を認識して手足で払いのける
・4点 四肢屈曲反応、逃避(痛み刺激に対して四肢を引っ込める)
・3点 四肢屈曲反応、異常(痛み刺激に対して緩徐な屈曲運動)
・2点 四肢伸展反応(痛み刺激に対して緩徐な伸展運動)
・1点 まったく動かず
②マドックス・スコア:健忘チェック
③基本的な情報:氏名や年齢、性別、脳震盪の既往、内服など
④自覚症状:どのように感じるか? 22項目について
⑤見当識:現在の状況が把握できているかチェック
例)「今日は何日?」「今年は何年?」「ここはどこ?」
⑥即時記憶:単語記憶テスト
例)「今から単語をいくつか言うので、後で思い出して言ってみてください。
肘、林檎、絨毯、椅子、風船」
⑦集中力:数字逆唱テスト、月の逆唱テスト
例)「今から言う数字を、逆に言ってみてください。6-2-9」
⑧頚部評価:自動可動域、圧痛、四肢の感覚と筋力
⑨平衡機能:両足立ち、片足立ち(非効き足)、つぎ足立ち(効き足前)
⑩協調運動:指鼻テスト
⑪遅延想起:「さっき(⑤の時)言った単語を思い出して言ってみてください。」
※③と④については本人に書かせます。あとは質問や指示にて行います。
※13歳以上が対象(12歳以下は『チャイルドSCAT3』)
SCAT3は脳振盪の症状変化などを評価をするもので、診断基準となるものではありません。
そもそも脳震盪は確定診断基準が無く、仮にSCAT3が異常無くても脳震盪はあり得ます。
受傷後のSCAT3で得られた点数はリハビリの経過観察などの評価基準として使用しますが、出来ればシーズン前など受傷以前の状態でも評価しておくべきでしょう。
そうすれば「ベースラインスコア」として、受傷直後の状態評価に役立ちます。
また、SCAT3に加えて「ホフマン反射」や「トレムナー反射」などの病的反射や「瞳孔反射」や「King-Devick test」などの脳神経テストも行っておくとベターでしょう。
⑦ 脳振盪受傷後に注意すべきこと
脳震盪を起こした選手や家族は、以下のことに注意してください。
【脳震盪を起こした際に注意すべきこと】
・脳震盪は受傷後24~48時間以内に発症する。
・受傷後24時間は受傷選手を「一人にしない」こと。
・運動はしない
・「飲酒は禁止」。(症状が改善するまで禁止)
・「睡眠薬は禁止」 (意識障害と区別しにくいため)
・「アスピリン」「痛み止め」など、薬の使用は医師の指示に従う。
・「運転はしない」こと。(運転は医師の許可を受けてから)
・ゲームやスマホなどは出来るだけやらないようにする
・学校などで勉強に集中できないようなら1・2日は休んで様子をみます。
(但しこれ以上長引く場合は普通ではないので病院へ)
【脳震盪の傾向】
・若年者ほど回復に時間がかかりやすい
・受傷歴のある選手は、再受傷しやすい
・二回目の方が回復に時間がかかる。
・1、2週間では症状は消失していない。3週でも平衡感覚が戻らないケースも。
・10歳未満の子供は通常の脳震盪と異なる症状を呈する事があるため、要診察。
⑧ プレー復帰に向けて GRTP
脳振盪後の競技復帰に向けてはGRTPに従います。
GRTPは脳振盪を起こした選手が復帰に向けて6段階で行うプログラムです。
このプログラムは、まず症状が消失した上で頭痛薬や睡眠薬などの脳振盪の症状をわからなくしてしまう薬による治療を受けていない場合にのみ開始されます。
【GRTP(Graduated Return to Play 段階的復帰プロトコル)】
第一段階『最低安静期間』(リカバリー):症状がない状態での体および脳の絶対安静
第二段階『軽い有酸素運動』(心拍数上昇):10~15分のジョグ、水泳、軽~中度のエアロバイク ※筋トレしない 24時間症状なし
第三段階『競技に特化した運動』(動きを加える):ランニングドリル ※頭部に衝撃を与える活動はしない
第四段階『ノンコンタクト·トレーニングドリル』(運動、協調、認知的負荷):さらに複雑などトレーニングドリルに進む。例) パスドリル、 漸増負荷による筋トレもOK
第五段階『フルコンタクトの練習』(自信を回復させ、コーチが機能スキルを評価):通常のトレーニング活動
第六段階『競技への復帰』(回復):プレーヤーは元の活動に戻る
注1)ステージ5に進む前には選手と医師の同意をとること
注2)19歳未満の場合はステージ6(競技復帰)に進む前に医師の同意をとること
医師が管理しない場合、あるいは選手が19歳未満の場合
・受傷後14日間の安静。練習と試合を禁止。(最短でも21日間は競技復帰は無し)
・14日経過して最後の24時間に症状が無い場合にステージ2へ進む。
・各ステージとも24時間連続して無症状であることを確認して次のステージに進む。
・もし途中で症状が出たら24時間安静にする。安静にして症状が出なければひとつ前のステージに戻りそのステージの運動から始める。
・症状の判断には「ポケット脳震盪認識ツール」や「SCAT3」を用いる。
~「ラグビー外傷・障害対応マニュアル」参考~
⑨ 最後に
ラグビーの現場では、脳震盪にしばしば遭遇します。
昔は、倒れた選手にヤカンの水をぶっかけて目を覚まさせて、プレーを続行させていましたが、いまではとんでもない話です。なんと恐ろしい事か...(^_^;)
トレーナーとして現場に居ると、症状は本当に多彩で人それぞれであることがよくわかります。
試合中はわからずに後から発症した選手や、回復がとても長引く選手もいたりします。
予防としてマウスガードやヘッドギア等が考えられますが、脳震盪に対してどれほどの効果があるかは不明とされています。
(実際、高校生はヘッドギア着用が義務ですが、少なからず発症します)
身体的なリスクとしては「BMIが27Kg/m²以上」や「練習時間が週三時間に満たない」選手に多いとの報告もあるようですが、これは正直よくわかりません。
ただ「ストレートネック」の選手は明らかにリスクが高い印象で、構造的に衝撃吸収が弱いためではないかと考えています。
いずれにせよ、首の補強は必須なので、これはしっかりやっておきましょう。